Research

研究テーマ

4.生化学・生体機能を利用する分析法および新規計測技術の開発

アデノシン三リン酸(ATP)の酵素サイクリング比色アッセイ

アデノシン三リン酸(ATP)は生きた細胞中に存在し,細胞のエネルギー源として使用されています。ATP量を測定すると細胞の数や生存状態を知ることができるため,食品加工現場や病院での細菌汚染の程度の評価,生物,医学,薬学での細胞の状態評価などで利用されています。

 

ATPの測定法は生物発光法が最も一般的となっています。生物発光法はATPを選択的かつ高感度に測定することができます。しかし,生物発光で生じる微弱な光を検出するための専用の測定器が必要です。細菌汚染の有無や細胞の概数を知るだけで十分な場合には,専用の機器を使用せずに安価で簡便に目視で判定できる方法が望まれます。また,専用機器の代わりに広く普及し汎用的な比色計で測定できることも望まれています。

 

当研究室ではそのようなニーズにこたえるためATPの比色法を開発しました。この比色法は試料のATP濃度が所定濃度未満で黄・橙系色を呈し,それを超えると青紫色を呈するところに特徴があります。色が大きく異なるため試料が基準値以下かそれ以上かを一目で判断できます。また,比色計で測定すれば数値データを得ることもできます。

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本比色法の原理は下図のとおりです。まず,試料中のATPとともにアデニル酸キナーゼとピルビン酸キナーゼによる酵素サイクリングを所定時間行います(工程1)。このとき反応時間によりサイクリング数を任意に設定でき,これによって初期ATPよりも大幅に高濃度のピルビン酸を生成させることができます。酵素サイクリングの利用により超微量のATPでも目視で検出可能になります。次に,ピルビン酸オキシダーゼによりピルビン酸から過酸化水素を生成します(工程2)。つづいて,過酸化水素によって鉄イオンを2価から3価にします。2価鉄イオンはキシレノールオレンジとは結合しませんが,3価鉄イオンはキシレノールオレンジと結合し錯体を形成します(工程3)。

02

形成する錯体はFe(xo),Fe(xo)2,Fe2(xo) の3種類で,それぞれ単独で橙,赤,紫色を呈します。錯体は下図のように3価鉄イオン濃度に応じた割合で存在し,その存在割合によって試験結果の色が決まります。目視ではFe3+が20 µM以上ではほぼ同じ紫色に見えます。したがって,例えば,試料中のATP濃度が100 pMより高いかどうかを判定したい場合は,酵素サイクリングの回数を調節し,100 pM のATPから20 µMの3価鉄イオンが生成するように反応条件を定めます。すると,試験結果が紫色を呈すればATP濃度が100 pMより高いことになります。一般の比色法は1種類の色素を生成させるため色の変化は1色で濃淡変化ですが,本法では未反応のキシレノールオレンジ(黄色)を含めて4種類の色素を用いるため色の種類(色相)が変化します。そのため見ただけで簡単に結果を判定することができます。ここに本法の比色法としての新しさがあります。

03

本法を細菌数のスクリーニング適用した場合,1 mlあたり500万個(ATP 500 pMに相当)の以上の細菌の有無を判別することが可能でした。現在,新たに,患者の重度診断に応用するため血中のATPレベルを迅速に判定する方法を他大学と共同で開発中です。

 

本研究は科学技術振興機構シーズ育成試験およびA-STEPフィージビリティスタディFSステージ 探索タイプの支援を受けたものです。

* pM: 1リットルあたり一兆分の一 molをあらわす。

 

関連情報
1) 「食中毒原因菌 北大,検出1時間 出荷までの期間,1日短縮」,日本経済新聞,2007.6.1.
2) Akihiko Ishida, Yasuko Yamada, Tamio Kamidate, Colorimetric method for enzymatic screening assay of ATP using Fe(III)-xylenol orange complex formation, Anal. Bioanal. Chem., 392, 987-994 (2008). http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18726586
3) ATP濃度レベルの色別判定による細菌数の簡易スクリーニング法,北海道大学 新技術説明会 2009年11月13日,科学技術振興機構 JSTホール(東京・市ヶ谷)
http://www.jstshingi.jp/abst/2009/hokudai/program.html
https://www.jstshingi.jp/abst/p/09/928/hokudai1.pdf
4) 石田晃彦「農産物・食品検査法の新展開」第IV編第1章 色で見分ける細菌汚染スクリーニング法~新しいキシレノールオレンジ-鉄錯体法の技術~,2010.7,シーエムシー出版.
5) 「検体中に含まれるアデノシン三リン酸の分析方法」国立大学法人北海道大学,特許4940432号.

 

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